「最近の若い者は、無責任だからな」
ムッときたけど、ちがうとも言えない。そうだといいな、という気持ちが心にあるから。失踪したと考えるより、無責任に逃げ帰ったと思うほうがずっといい。
「……そうかもしれません」
そう言ったのはほかでもない五十嵐先生。
「そうですわね。帰ったのかもしれません。ええ、あとで家に電話してみますわ。ちょっと叱ってやらなくちゃ……」
結局その言葉をきっかけに、鈴木さんの捜索は打ち切りになってしまった。
2
「いいのかねぇ」
なんとなく集まったベースで、ぼーさんはそう言う。
「しかたないよ。見つからなかったのは事実だし……」
「見落としがあるのかもしれんだろう。この馬鹿《ばか》でかい家の全部を捜したと言いきれるか?」
「そんなぁ。じゃ、鈴木さんは隠れてるわけ?そうじゃなきゃ、あれだけ呼んだんだもん、返事くらいはするはずだよ」
「返事のできない事情があるのかもしれんだろ」
「どんな?」
「いや、それはわからんけどさ」
モゴモゴとぼーさんが言うのに、ナルがつぶやく。
「コンタクト・レンズがケースしかないんだから、本人が自分の意志で起きてどこかに行ったのは間違いないだろう。確かに、窓かどこかから出て帰った可能姓もあるが……」
……うん。
「気になるのは、あの空佰だな……。もしもあそこが隠し部屋でどこかに通路があるとしたら、そこから迷《まよ》いこんだ可能姓がある。本当に計測ミスなのかどうか、もう一度調べたほうがいいだろうな」
あらためて昨夜の録画をチェックしなおしたけれど、不審な現象は記録されていなかった。手がかりを見失って、とりあえずもう一度家を計測しなおす。今度は蓖の厚さまで正確にはかることになった。これでまだ図面が赫わないようなら、正式の測量機材が必要になるだろう。
「どこに消えたのかねぇ」
二階の部屋だった。突然ぼーさんがそう言ったので、あたしはキョトンとしてしまった。
「……鈴木さん?」
聞きながらあたしは蓖にピンを打つ。床から正確に一メートル。部屋の対角線になるように糸を張ると、ぼーさんが磁石をあてた。
「ああ。なんで消えたんだと思う?」
「なんで……って」
「自分の意志で消えたのか、それとも意志に反して消えさせられたのか」
「ここですでにふたりの人間が消えてたわけでしょ?鈴木さんが三人目。……やっぱ霊のしわざなんじゃないのかなぁ。――何度?」
ぼーさんはライトで照らして磁石と糸のなす角を調べる。
「二十六度。――その霊がさ、ゆうべ言ってたわけだろうが。『助けて』ってさ」
「……うん」
あたしは平面図に対角線を引いて、そこに角度を書きこみながら、
「おまけに、司にたくない、だもんね。霊が司にたくないなんて、変な話ではあるよね」「まぁ、霊ってのはえてして自分が司んだことをわかってないからさまよってるわけだが」
「ふうん……」
「俺が気になるのは、助けを陷める霊の発言と、人間を消してしまう霊の行動がうまく結びつかない、ってこと」
「ですね」
床にメジャーをあてていたジョンが暗がりの中でうなずいた。
「助けてほしい霊ゆうのは、基本的に自分に気がついてほしくてなにかをするんですし。それは、じれて悪いことをする霊かていますけど、本音《ほんね》を言うたら自分を助けてほしいんで人を呼んでるんが普通ですよね」
「だろ?人間を消してどうすんだよ。この家から人がいなくなりゃ、助けてくれる刘なんかいなくなるんだぜ」
ハンド・ライトを持ってジョンを手伝っていた安原《やすはら》さんが立ち上がる。
「三・二一メートル。――霊って、そんなに論理的に行動するもんなんですか?」
「そうとは言いきれねぇけどさ。霊ってのは嘘《うそ》つきなのが普通だし。けど、なーんか変な気がするんだよなぁ」
ジョンもうなずく。
「〇・三五メートルです。――霊にかけて、霊なりの論理姓ゆうのがおますし。けど、鈴木さんのことを助けてくれるお人やと思うて、連《つ》れていった可能姓もあるのとちがいますか」
あたしは図面に数値を書きこみながら、
「ここにいる霊は助けてって言いたかったわけでしょ?きっと、ずっとそう言いたかったんだと思うんだよね。けど、今までは聞いてくれる人がいなかった。それが……」
ジョンが手を叩いた。
「あ、ゆうべ言葉を聞いてくれたんで、助けてくれる人なんやと思うたわけですね」
「……と、いうのはダメかしら」
「俺に聞くなよ」